※この記事には第1話〜第5話までの内容を含みます。
未視聴の方やネタバレを避けたい方はご注意ください。
※この記事は、アニメ『千歳くんはラムネ瓶のなか』を5話まで見た時点での個人的な感想・考察です。
感じ方には個人差がありますので、あくまで一つの見方としてお楽しみください。
はじめに
「主人公がウザい」――そんな声が多く聞かれる『千歳くんはラムネ瓶のなか』。
一方で、「いや、全然ウザくない」という意見もあり、まさに賛否両論の作品だ。
この記事では、その“ウザい・ウザくない問題”をきっかけに、主人公の行動や思考を感情移入ではなく、考察という形で掘り下げていく。
千歳の人間像
私は5話まで見て、千歳の人間像をある程度仮定した。
それは、
・千歳はなりたい理想の自分がある。
・理想の自分になるために結果が必要。
・その理想に一番近いのは、明日風である。
ということだ。
ここからは、そう考えた理由や、千歳の行動・思考を考察していく。
第1話で感じた「ウザさ」の正体
第1話を見た時、「千歳、ウザ…!」と感じた人は少なくないと思う。
ではなぜ、そう感じてしまうのだろうか。
冷静に考えてみる。
まず、第1話で「ウザい」と感じる主な行動を挙げると以下の通りだ。
・不登校の健太の元に、クラスのヒロインを何度も連れて行く
・無意識に健太を下に見ているような振る舞い
・ガラスを割るという強硬手段を取った
ここからは、なぜこれらの行動が「ウザい」と感じられたのか、1つずつ整理していく。
▶ 不登校の健太の元に、クラスのヒロインを何度も連れて行く
健太は自分の現状を「惨めだ」と感じていた可能性が高い。
そんな姿をクラスの中心にいるヒロインに見られることは、彼にとって非常に辛いことだ。
千歳の行動には善意があったかもしれないが、
善意が相手を追い詰めることがあるという点が、視聴者の違和感につながる。
▶ 無意識に健太を下に見ている
千歳や内田は、健太に過剰優しく接している。
しかし、こうした「善意の優しさ」は、時として
「自分は相手より上の立場にいる」という無意識の前提
から生まれるものでもある。
同情や励ましを一方的に向けられ、健太は
上から目線で扱われていると感じてしまうのではないだろうか。
そのズレが、視聴者に違和感や「ウザい」と感じる要因になっている。
▶ ガラスを割るという強硬手段
ガラスを割る行動そのものよりも、
物語内で「正しい行動」として扱われる点 が大きな違和感となっている。
現実なら普通に犯罪なのに、
・罪悪感が描かれていない
・千歳がリスク対策をしていない
・結果的に「千歳すごい!」で終わってしまう
という ご都合主義 が反発を招く。
いくらアニメとはいえ、青春学園ものとしては強引すぎる描写だと感じる人も多いだろう。
まとめ:なぜ「ウザい」と感じるのか
結局のところ、
・違う立場の人の気持ちがわからない
・それに気づかないまま突き進む
・その行動が正義として描かられる
このギャップが、視聴者の「ウザい」を生んでいる。
健太側に立って見る人ほど、そう感じるだろう。
なぜ「ウザい/ウザくない」が分かれるのか
これは、「千歳に感情移入できたかどうか」で意見が分かれるのではないと考えた。
具体的には、普段から主人公に感情移入してアニメを見ている人が、千歳に感情移入できなかった時、千歳をウザいと感じるのだと考えた。
というのも、アニメを見るときに「感情移入して見る派」と「第三者の目で見る派」があると思う。
そして、感情移入派の人が、千歳に感情移入できなかった時、千歳は「思考が読めない、意味のわからない奴」になる。
そんな千歳がとった、理解できない行動が「正義」として描かれるから違和感を覚える。
健太に感情移入してしまった人は、さらに違和感を覚えるだろう。
しかし、普段から第3者目線で視聴している人は、
「その行動を取るのが千歳」と、捉える。
「なぜ?その行動を取るのか。」ではなく、「それが千歳」と捉えるため、違和感を感じないのではないだろうか。
では、なぜ千歳に感情移入ができないのだろうか。
なぜ千歳に感情移入できないのか
この章では、千歳に感情移入しづらい理由を、キャラの性質と行動パターンから考えていく。
千歳に感情移入しづらい理由の一つは、
千歳が“自分の感情”よりも“場を円滑にすること”を優先して行動するタイプだからだと考えた。
友人との会話でも、千歳は相手に合わせて無難に受け答えをすることが多く、
強い主張や自分らしい感情が表に出る場面が少ない。
さらに、千歳は会話をギャグ・いじり・ツッコミに逃がす傾向がある。
冗談めいた言い回しが多く、動揺や戸惑いを見せても、それが本心なのかネタなのか判別しづらい。
その結果、視聴者は
・本当はどう感じているのか
・どこで傷つき、何を恐れているのか
・何を基準に行動を選んでいるのか
といった 物語の芯となる内面を掴みにくくなる。
また、千歳のキャラクター性は
・人気者
・信頼されている
・問題解決に動く
・周囲に貢献する
といった“役割”で定義されており、
視聴者がラベリングしやすい性格(ツンデレ・天然・クール・バカなど)が存在しない。
そのため、
行動そのものは理解できても、そこにある感情が分からない
→ キャラの視点に立てず、感情ではなく観察で見ることになる
さらに、行動自体が理解できない場面では
→ 正当性の見えない行動が「正しい」と扱われることで拒否感が生まれる
という構造が生まれている。
違和感を「理解不能」で終わらせない
ここまで「千歳がウザい」 「感情移入できない」
という視聴者視点で見てきた。
しかし、自分は途中からこの違和感を
「千歳の何がウザい?」 「千歳は何を考えている?」
という考察者視点に切り替えた。
感情移入で千歳を理解するのではなく、
考察・分析をすることで千歳を理解しようとしたのだ。
すると、千歳の行動は
「過程や心情ではなく、結果を求めている」
という傾向があるように思えた。
ではその結果は何のためなのか?
ここから「千歳は理想の自分を追求しているのでは?」という仮説に繋がる――。
千歳の人間像を考察
ここからは、千歳のこれまでの行動を整理し、
そこから千歳が 「何を考えて行動している人物なのか」 を読み解いていく。
◆ 千歳が作中で行った行動の整理
千歳が1~5話で取った行動を、大きく3つと考える。
・① クラスのムードメーカーとして場を整える
・② 健太を登校させる
・③健太を変えさせる
まずは、それぞれの行動から千歳の行動を整理し、千歳の行動の特徴を探す。
① クラスのムードメーカーとして場を整える
第1話で、千歳はクラス委員長となり、軽いギャグを挟みながら、クラスのムードメーカーをしながら委員会決めをこなしていた。
しかし、そこでの千歳はクラスメイトの顔色を伺いながら進行しているように見えた。
普段は自分を嫌う人間の言動など一切気にしないというタイプなのに、
委員会決めの場では、千歳は自分を嫌っているクラスメイトの顔色まで伺っている。
これは、
- ギャグがしたいから
- 嫌われたくないから
とは、考えにくいだろう。
つまり、
「委員会決めを円滑にまとめる」という目的のために、
必要だから相手に合わせて調整していた。
と考える方が自然ではないだろうか。
結果として、クラス行事は滞りなく終わり、
千歳が仕切る場はいつも円滑に進行する。
② 健太を登校させる
千歳は様々な方法で健太と話そうとし、
結果的に、ガラスを破り無理やり会話に持ち込ませるというやり方になった。
この時、千歳は健太を説得するきっかけに、ラノベを読んだという話に持ち込んだ。
千歳は、健太が挙げた10作品を 1週間で全て読み切っている。
これは、相当な読書量である。
よほどの速読家でない限り、脳の処理が追いつかないほどハードだ。
ではなぜ、千歳はそれを行ったのか。
健太と仲良くなりたいわけではないだろう。
千歳が健太に興味を持ったシーンや健太を気に入るようなシーンはない。
とすると、残る理由は1つ。
それは、
先生から任せれた健太を登校させるという仕事を、
完璧にこなしたという結果を得るため必要だったから
である。
③健太を“変えさせる”
千歳は、健太の元友達を見返すという計画を立てた。
健太の心理的問題を解決させるためにだ。
その後、
・ダイエット食を教える
・神と呼ばせ、師匠という立場から指導する
・徹底的なプロデュースで外見・考え方を変えさせる
といった形で、健太を変えることに本気で取り組んだ。
健太が不登校になった原因である元友達達に会いにいく際には、
健太の心が折れそうな瞬間に介入し、元友達に怒りをぶつけている。
一見、ただのお人好しのような行動に見える。
しかし、元々赤の他人だった健太にここまでするのは、
自分が関わる以上最高の結果でないと満足できないから、とも考えられる。
行動から読み取れる千歳の特徴
行動を並べてみると千歳には明確な傾向がある。
千歳は“過程”より“最終結果”を重視している
- クラスを円滑にまとめるために、自分を嫌う人の顔色をうかがう
- 健太を登校させるために、数日でラノベを読み切る
- 健太を変えさせるために、徹底したプロデュースをする
どれも、「どうすれば目的を(完璧に)達成できるか」を起点に動いている。
そのため、千歳の動機には感情が驚くほど見えない。
だからこそ、視聴者は感情移入しにくく、何を考えているのか分からないと感じる。
だが、感情ではなく“目的”で動くと考えれば、一気に理解しやすくなる。
なぜ千歳はそこまで“結果”を求めるのか?
ここからは千歳の内面の領域である。
千歳の内面についての考察では、
千歳が、4話の健太の元友達を怒鳴るという千歳らしくない行動
そして、千歳朔が千歳朔であるための美学に注目した。
①千歳の本心が漏れた瞬間
第4話で健太が元友達と会って心が折れそうな時、千歳が助けに入った。
そして、千歳はその元友達に怒鳴った。
このシーンを見た時、私は最初、千歳の考えていること、
行動の意味が今まで以上にわからなかった。
千歳は以前、目の前で内田が「地味だ」とか、「千歳に釣り合わない」的なことなどを言われている現場に居合わせている。
しかしその場では、軽い冗談で流したり、そのことに触れないようにし、気にしない。相手にしない。というスタンスをとっていた。
しかし、この場では健太のために怒っているように見えた。
これは、千歳らしくない行動なのである。
しかし、「普段感情を表に出さない千歳の、らしくない行動」というのはつまり
千歳の感情が出た瞬間ということではないだろうか。
なぜ、千歳はあの瞬間怒ったのか
あの瞬間を振り返ってみる。
「人は変われない、変われない。叶わぬ夢見て、努力ごっこなんかして、見てて痛いんだよ!」
これが、元友達の主張だ。
これを言われた千歳はこのように怒鳴った。
「健太は理想の自分を目指して歩き始めた。
失敗して、傷ついても、戻らないと誓ったんだ。
健太は月に手を伸ばしたんだよ!
高くて、遠くて、美しい、自分の憧れた月に。
自分は何も進まず、生み出さず、遠ざかってる他人の背中に恨み言履いてるクソダセェ奴に、今の健太を笑うしかくはねぇ!」
つまり、「本気で変わろうとしているやつを笑うな」ということだろう。
それは、「人は変われない」という主張に、怒ったということではないだろうか。
千歳は以前にも、「健太が変われると信じている」と思われるシーンがあった。
千歳はどんな人でも、覚悟を決めれば、変われると信じているのだろう。
②千歳朔が千歳朔であるための美学
自分の美学。
言い換えると、自分で守らなければいけない、自己ルール、制約を課しているとも言える。
「美しく生きられないなら、死んでいるのと大した違いはない」
これが、千歳の美学だ。
「美しく生きる」とは、何だろう。
「手に届く範囲に助けられる人がいたら助ける。」
これは、第1話での先生との会話から確定だろう。
健太のことや、委員会決めのことから、
自分の役割を完璧に、円滑にこなすということもありそうだ。
千歳の行動原理の結論
つまり、千歳は
「身の回りの人を助け、全て完璧に、円滑にこなす人間」
になりたいのではないだろうか。
そして、「なりたい」ということは、まだ「なれていない」ということだ。
千歳朔も、健太と同じように、変わろうと覚悟を決め、努力している人間なのだろう。
だからこそ、健太が「人は変われない」と言われた時、
自分が変わろうとしている当事者だからこそ、感情が溢れてしまったのではないだろうか。
千歳の行動原理=“理想の自分”を追い続けるために結果を求める人物である。
だから、外から見ると理解しづらい行動も、
千歳にとっては“理想に近づくための手段”として一貫している。
千歳が目指す人物
ここまで考察して、千歳の理想に一番近い人物は明日風なのではないかと考えた。
千歳は明日風に、このようなことを言っている。
「俺にはそう言うやり方しかできなかっただけ」
「いつも通り中途半端なヒーローごっこをしただけだよ」
「本当の優しさっていうのは、ずぶ濡れになって子供たちを笑顔にすることだ」
どれも、
自分は完璧ではない、完璧なのは明日姉(明日風)だ。
と、言っているように感じる。
千歳と明日風が初めてあった時、
明日風はいじめられた子供を助けるために、ずぶ濡れになって川で遊んだ。
その結果、いじめていた子供まで笑顔になった。
さらに千歳に「なぜそこまでする?」と尋ねられると
「そっちの方が楽しそうだったから」と返した。
千歳にとって衝撃だっただろう。
千歳は、最善は何かを考えて完璧な行動を取る。
そこに自分の意思や感情を考慮していない。
しかし、
明日風は何の打算もなく、心から千歳の思う理想の行動をとっていたのだ。
千歳は自分の美学に従い、明日風は自分の感情に従っている。
それが、千歳と明日風の違いだろう。
そして、千歳はそんな明日風に憧れているという結論に至った。
その感情が恋愛なのか、ただ憧れているだけなのかは、これからのストーリーで分かると思われる。
千歳を「ウザい」から「読み解く」へ
ここまで、千歳がなぜウザいのかという面から、千歳の感情・思考を考察してきた。
私も、最初は千歳にウザいという感情を抱いていた。
そして、同時に悔しかった。
作画・声優・ヒロイン・設定がここまで良い作品を
「主人公がうざいから」という理由だけで嫌うのは、勿体無い!
そこで、どうにか千歳を理解しようと、感情移入ではなく、行動から考察してきた。
結果的に千歳は好きにはならなかったが、考察という面でこの作品を楽しむことができた。
そして、この作品は
千歳の不完全さが面白さになる作品という認識になった。
・1話切りしている人
・これから見ようと思っている人
・見るのをやめようと思っている人
・見続けているけれど、千歳をウザいと感じる人
には、千歳を考察するという楽しみ方もありなのかもしれない。
終わりに
千歳をウザいと感じる人は、千歳に感情移入できないからだろう。
それは、千歳が自分の感情に従って行動することがほぼないからだ。
しかし、これまでの行動から考察してみると、千歳の感情や思考がわかってくる。
千歳は、過程より完璧な結果を重視する。
そのため、その行動に千歳の感情は関係ない。
ではなぜ、結果を重視するのか。
それは、千歳には完璧な理想像があるからだ。
その理想になるために「自分の美学」を持ち、千歳は今の自分から変わろうとしている。
そして、その理想に一番近のは明日風だ。
だからこそ、千歳は明日風に憧れている。
その感情が、恋なのか、ただの憧れなのかは分からない。
このように、私は千歳を考察することでこの作品を楽しむことができた。
この考察がどこまであっているのか、これからのストーリーが楽しみだ。


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